Red Rush Rising ブエルタ・ア・エスパーニャ2024 リキャップ

Red Rush Rising ブエルタ・ア・エスパーニャ2024 リキャップ

  • イベントレポート

スペシャライズドライダーが灼熱のスペイン一周レースを制す!波乱と決意の21日間を振り返ります。

©Joris Knapen Jozza Cyclingpics

「スペインの王様」の試練の旅路

これぞエンターテイメント。

グランツール(複数日を競うステージレースの中で最も格の高い3つのレース)とは、このようなレースだった、と多くの人が思い出したことだろう。絶大な力を持つ選手が、豪華なアシストを使って、レースを徹底的にコントロールし、総合争いから脱落した選手たちの逃げ切りすら許さない。

そんなレースとは趣を異にする、混沌から生まれる面白さが、今年のブエルタ・ア・エスパーニャにはあった。

確かに、このブエルタにはライバルをまとめて叩きのめすような強烈で爆発的なアタックも、因縁めいたライバル関係もなかった。代わりにあったのは、自由と、そして意外性だ。
ジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスではあまり見ることができなかった逃げ切り勝利も豊作だった(個人タイムトライアルを除く19ステージのうち、9ステージが逃げ切りだった)。

何よりも、マイヨロホ(赤いジャージの意。その日までのステージを通じて最速の選手=積算走行時間が最も短い選手に総合賞の証として与えられる)争いがこんな風に展開されるなんて、一体誰が予想しただろうか。

開幕前の下馬評では、3度ブエルタ・ア・エスパーニャを勝っているプリモシュ・ログリッチ(スロベニア、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)が優勝候補筆頭ではあった。

だが、ログリッチにとっては落車により途中棄権したツール・ド・フランス以来の復帰レース。怪我からの回復度合いも、調子の上がり具合もわからなかった。だから大会最初の山頂フィニッシュが登場する第4ステージでログリッチが彼らしく小集団スプリントを制してマイヨロホに袖を通した時、多くの人がこう考えたはずだ。

やはりログリッチは強い。このまま彼が今年もブエルタを勝つのだ、と。

第4ステージを勝ち、序盤に総合首位に立ったログリッチ(写真右)。©CYCLINGIMAGES

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しかし、その後レースは予想外の展開を見せる。2度目の山頂フィニッシュを迎えた第6ステージで、ベン・オコーナー(オーストラリア、デカトロン・AG2Rラモンディアル)が大逃げを決め、4分51秒という大差をつけてログリッチからマイヨロホを奪い取ったのだ。

オコーナーは強く、経験を積んだグランツールレーサーではあるが、ビッグレースでの総合上位入賞経験はなく、開幕前に彼をマイヨロホ候補に挙げる人はほとんどいなかった。

ログリッチにとっても、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエにとっても、全く想定していないシナリオである。そこからは、5分近いタイムを携えて突如優勝候補に躍り出たオコーナーを追う戦いが始まった。

6日目にマイヨロホはオコーナー(写真右)の手に。フロリアン・リポヴィッツ(ドイツ、写真左)はログリッチを助けながら途中ヤングライダージャージを着用するなど躍進、最終的には総合7位で完走。©CAuldPhoto

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もともとログリッチのレーススタイルは、総合系の選手としては最強クラスのスプリント力や鋭い登坂力を武器に、ボーナスタイムを含む比較的小さなタイム差を積み上げていくものだ。それは、レムコ・エヴェネプール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)が得意とするような、長距離独走で一気に勝負を決める戦い方の対極にある。

だから、序盤にリードを奪い、そのリードを丁寧に広げていく展開が理想だった。それなのに、約5分の差を追う戦いを強いられた。

しかし、ログリッチとレッドブル・ボーラ・ハンスグローエは慌てることなく、少しずつ失った時間を取り戻していった。

決して無理をすることはせず、ログリッチがツールの落車で痛めた腰のコンディションを注意深く観察しながら、忍耐強く走り続けた。その結果、3週目初日の第16ステージ終了時点で、オコーナーとのタイム差は5秒まで縮まっていた。

派手さはないが、賢く、堅実な戦いぶりを披露したレッドブル・ボーラ・ハンスグローエの選手たち。©CAuldPhoto

そして迎えた第19ステージ。

ログリッチが4年前(2020年ブエルタ・ア・エスパーニャ第8ステージ)勝利した1級山岳アルト・デ・モンカルビリョの頂上にフィニッシュするこのステージで、チームは総仕上げにかかった。

序盤から集団を牽引し、逃げ切りを許さないハイペースを刻んだ。
ログリッチもチームメイトの奮闘に応え、完璧に自分の仕事を遂行。彼らしいハイケイデンスの登りで、じわじわとライバルを引き離し、最後は4年前と同じように両手を挙げてフィニッシュラインに飛び込んだ。

こうして、閉幕まで2日間を残して、ログリッチはマイヨロホを取り戻した。
オコーナーとのタイム差は1分54秒。13日間で約5分の差を詰め、さらに約2分のリードを稼いだことになる。

第19ステージの区間勝利とともに再びマイヨロホを取り戻したログリッチ。©CAuldPhoto

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決して平坦な道のりではなかった。

ログリッチのコンディションは一定ではなかったし、第15ステージでは激坂仕様のバイクに乗り換えた後の集団復帰の際にチームカーのドラフティングを使ったペナルティとして20秒を課せられた。

第20ステージでは食中毒が原因と疑われる胃腸炎がチームを襲い、3人がレースを去った。
最終日の第21ステージではログリッチ自身も胃腸炎に苦しみながら個人タイムトライアルを走ることになった。

そんな苦境の中でログリッチを突き動かしたのは、「何があっても自分の仕事を成し遂げる」という強い意志の力だった。

かくしてジェットコースターのような3週間を経て、ログリッチは4回目のブエルタ総合優勝を果たし、ロベルト・エラス(スペイン)が打ち立てた最多総合優勝記録に並んだ。
レッドブル・ボーラ・ハンスグローエとしては2022年ジロ・デ・イタリアに続くチーム史上2度目のグランツール総合優勝である。

スペシャライズドバイクの勝利の歴史にも、新たな1ページが刻まれた。

マイヨロホカラーのTarmac SL8とともにブエルタ総合優勝を祝う。©Joris Knapen Jozza Cyclingpics

恐竜のように勇猛果敢に

ブエルタ・ア・エスパーニャはシーズン最後のグランツールであり、これまでの疲れの蓄積により、思わぬコンディション不調に見舞われる選手が現れるのが常だ。

残念ながら、ミケル・ランダ(スペイン、Tレックス・クイックステップ)もその1人となった。ツール・ド・フランスに続く好調ぶりを見せていた大ベテランは、第18ステージで思いがけずタイムを失い、総合表彰台を巡る争いから退場することになってしまった。

第18ステージに遅れを喫したものの、最後まで戦い抜いたランダ。©Joris Knapen Jozza Cyclingpics

不調に陥ってもランダは諦めず、チームメイトもまたランダのためにレースを動かそうと懸命に努力した。
果敢にアタックし続けるランダの姿に、地元スペインのファンたちは大いに沸いた。
最終的な総合順位は8位に終わったが、大会を大いに盛り上げた功労者の1人と言えるだろう。

今ブエルタでは「Tレックス・クイックステップ」として恐竜がデザインされた特別ジャージで走った。©Joris Knapen Jozza Cyclingpics

ブエルタ・ア・エスパーニャの閉幕とともに、季節は秋へ進む。

世界選手権、イル・ロンバルディア。シーズン終盤を彩るビッグレースがお待ちかねだ。


【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
ロードレース観戦と自転車旅を愛するサイクリングライター。名前の通りジュリアン・アラフィリップの大ファン。

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