目が離せない戦いが続くジロ。今週はあのスペシャライズドライダーの勝利に世界が熱狂しました。
ジュリアン・アラフィリップ(フランス、スーダル・クイックステップ)が帰ってきた。
帰ってきた?一体、彼はどこに行っていたというのか?
そうだ、アラフィリップはどこにも行かない。彼はずっとそこにいた。
爪と牙を研いで、その日が来るのを待っていた。待っていた、という言い方は適切ではないかもしれない。何故なら、ジロ・デ・イタリア初日から、いやそのずっと前から、彼はもがき続けていたのだから。
2度目となる世界選手権制覇を成し遂げた2021年まではよかった。それから幸運の女神はアラフィリップを見放してしまったかのようだった。怪我と病気に苦しみ、満足いく走りができない日々が続いた。所属チームのボスであるパトリック・ルフェーブルの不満は膨れ上がり、彼のことを高い年俸を払うに値しない選手だと責め立てた。挙句の果てにはアラフィリップの私生活やパートナー(アラフィリップのパートナーはツール・ド・フランス ファムのディレクターを務めるマリオン・ルッス)との関係まで批判し始めた。
ひどい醜聞の中心に引きずり出されても、アラフィリップは反論らしい反論をしなかった。ただ、走り続けた。浴びせられる心無い声に答えるのに必要なのは言葉ではなく、脚であることを知っていたからだ。
ジロ・デ・イタリア第12ステージ。
この日、アラフィリップは彼にしかできない方法で、あるべき場所に戻ってきた。
勝利。それも、とびきり鮮やかな。そこに至る大胆不敵にして痛快な走りこそ、彼の真骨頂だ。
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それにしても、100km以上の距離を残しながらのアタックは狂気に思われた。ロードレースの定石に従うなら、ある程度の距離を消化するまでは、なるべく大きな集団の中で脚を温存すべきなのだ。だからチームメイトのマウリ・ファンセヴェナント(ベルギー)も勝つのは不可能だと思っていたし、ダヴィデ・ブラマーティ監督は後続の集団に戻るよう指示を出していた。そもそもアラフィリップ本人にとっても、この抜け出しは計画外だった。
それでも、最後は本能に従うことを選んだ。不協和音が響く集団の中で機会を伺うよりも、自分自身のリズムを刻む方がずっといい。幸い、ミルコ・マエストリ(イタリア、ポルティ・コメタ)が道連れになってくれた。そうして、フィニッシュまで126kmの旅が始まったのである。
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この日一躍脚光を浴びることになったマエストリにとって、1歳年下のアラフィリップは憧れの存在だった。だから協力を惜しまなかった。平坦をマエストリが全開で牽けば、登りではアラフィリップがマエストリを引き上げる。まるで長年の相棒のように息の合った走りを見せるふたりを、まとまりを欠く追走グループは追い詰められない。
そしてこの日最後の丘で、アラフィリップは仕上げにかかった。サドルから腰を上げ、力強くペダルを踏みこみ加速する。マエストリが離れていく。ラスト11.5kmは独走劇。まるでTarmac SL8と踊るように、アラフィリップは歓声の中を駆け抜けた。
久しぶりの大舞台での勝利に「復活」というラベルを貼ろうとするメディアを、アラフィリップは「僕は死んでいたことはない」と一蹴した。
「もちろん沈んでいた時期もあった。でもそれはキャリアの一部だ。頂点に留まり続けることは難しい。それでも僕には忍耐と困難を乗り越える力があって、それが今日、最高の形で実ったんだよ」
そう、アラフィリップはどこにも行かないし、変わってもいない。浮き沈みはあっても、ずっと彼のままで、走り続けている。
2回目の休息日を迎えた総合勢たちの現在地を確認しておこう。首位を走るのはタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)。最難関ステージである第15ステージで区間4勝目を挙げ、総合2位のゲラント・トーマス(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)とのタイム差は6分41秒まで広がった。総合優勝はほぼ決まったと言って良いだろう。
一方、表彰台を争う戦いは最終週までもつれそうだ。総合2位トーマスと総合3位ダニエル・マルティネス(コロンビア、ボーラ・ハンスグローエ)の差はわずか15秒。総合4位ベン・オコーナー(オーストラリア、デカトロンAG2Rラモンディアル)もトーマスの約1分後方から巻き返しを狙う。ここまで大崩れせずに堅調な走りを見せてきた3人の決戦に注目したい。
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【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
ロードレース観戦と自転車旅を愛するサイクリングライター。名前の通りジュリアン・アラフィリップの大ファン。