いよいよ始まるツール・ド・フランス2024。
スペシャライズドライダーが挑む世界最大のロードレースをクイックプレビュー。
ツール・ド・フランス2024概要
「フランス一周」の名を持つ世界最大のロードレース、ツール・ド・フランスが始まる。
2024年で111回目の開催となる伝統の大会は、新しい試みを取り入れることを恐れない。今年はグランデパール(開幕地)として芸術の都フィレンツェを、閉幕地としてニースを選んだ。イタリアでの開幕もフランス首都パリの外での閉幕も、ツール史上初だ。
さらに、最終日には個人タイムトライアルが設定された。
ツール・ド・フランスがタイムトライアルでレースを締めくくるのは、グレッグ・レモンがローラン・フィニョンとの50秒差を引っくり返して8秒差で総合優勝を決めた1989年以来のこと。勝負は山岳で決するのか、それとも35年ぶりの逆転劇となるか。壮大な物語にふさわしい舞台は用意された。どんな戦いが演じられるかは、選手次第だ。
ツール・ド・フランス2024コース。今年はイタリア、サンマリノ、モナコ、フランスを走る。
黄色を巡る物語
ツール・ド・フランスのスタートラインに立つのは、1チーム8名で構成された22のチーム。つまり176人の選手が開幕の地フィレンツェから走り出す。
彼らが目指す栄誉は、大きく分けて2つある。
ステージごとに設定された21の区間勝利と、1枚の黄色いジャージ。王者の衣「マイヨジョーヌ」だ。
マイヨジョーヌは、その日までのステージを通じて最速の選手=積算走行時間が最も短い選手に「総合賞」の証として与えられる。マイヨジョーヌのひまわり色はツール・ド・フランスの象徴であり、ツール・ド・フランスとはマイヨジョーヌを巡る旅でもある。
マイヨジョーヌをまとって最終日の表彰台に上がることができるのは、176人のうちたった1人。その名が、ツール・ド・フランス覇者として、歴史に刻まれるのだ。
4人の主役
今年のツール・ド・フランスの主役たちを紹介しよう。
まずは昨年の覇者にして2連勝中の ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク) 。
そして2020年、2021年を連覇した タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)。
近年のツール・ド・フランスは、この2人のライバル関係を軸とした物語と言える。
2回ずつ総合優勝を分け合ってきたヴィンゲゴーとポガチャルは、3勝目を目指して今年も出場する。
そして、2024年は、この2人の王者に2人のスペシャライズドライダーが挑戦する。
プリモシュ・ログリッチ(スロベニア、ボーラ・ハンスグローエ)と、 レムコ・エヴェネプール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)が、ツール新章の重要人物として加わるのだ。マイヨジョーヌ争奪戦はより複雑に、より激しいものになるだろう。
Teaser Tour de France – #TDF2024
開幕地フィレンツェと主役4人にフォーカスしたティーザームービー。
4人の主役たちは、全員が万全の状態でツールを走り出すわけではない。それぞれが異なる不安要素を抱えており、それが結末を予測不可能にしている。
ヴィンゲゴー、ログリッチ、エヴェネプールは4月のイツリア・バスクカントリーで起こった大落車に巻き込まれ、ツールに向けた準備計画の変更を強いられた。最もダメージが大きかったのが、鎖骨と肋骨の骨折に加えて肺挫傷と気胸を負ったヴィンゲゴー。次が鎖骨と肩甲骨を骨折したエヴェネプール。ログリッチは幸い骨折を免れたもの、複数回の落車による擦過傷と打撲に苦しんだ。つまり、3人とも本来の実力を発揮し切れない可能性があるということだ。
ポガチャルは4人の中で唯一、大きなトラブルには見舞われていない。しかし彼だけは「ダブルツール」すなわちジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスの同年制覇を目指しており、5月にジロ・デ・イタリアに出場した。歴史上ダブルツールを達成した選手はわずか7人のみで、1998年のマルコ・パンターニを最後に記録は更新されていない。21日間を戦い抜くレースを短期間に連続して走ることの精神的、肉体的疲労は想像を絶する。ジロを支配したポガチャルが史上8人目の偉業を達成できるかは、ツール最終日に判明する。
昨年ポガチャルとの激戦を制して総合優勝を果たしたヴィンゲゴーは、山岳では最強の選手と言える。実際、今シーズンもイツリア・バスクカントリーで落車するまでは、出場するレース全てで圧巻の登坂力を見せつけていた。
ただ、彼は4月に負傷してから一切レースに出場しておらず、どこまで回復しているかはわからない。確かなのは、もし本来の力を取り戻しているならば、今年も総合優勝候補筆頭だということだ。忘れてはいけない。彼は2年連続でツールを勝っている選手なのである。
ログリッチの怪我は順調に癒えつつあり、ツール・ド・フランス前哨戦クリテリウム・ドゥ・ドーフィネに出場し、総合優勝を飾っている。シーズン初戦パリ~ニースは総合10位に終わったが、ドーフィネでは連続で区間勝利を飾るなど、従来の強さを見せた。4月の落車のダメージが残っていたせいか、最終日の登りで遅れたものの、総合首位を守り切ったのも良い兆候だ。
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ログリッチは4人の中では最も年長で(余談だが、彼が今年優勝すれば34歳と266日でツールを制することになり、史上2番目の年長者となる)大舞台での経験も豊富だ。逆境に立ち向かう方法も、敗北との付き合い方も、よく知っている。
ログリッチは4年前のツール・ド・フランスで中盤からマイヨジョーヌを着用し続け、総合優勝に迫った。しかし第20ステージの個人タイムトライアルでポガチャルに逆転され、総合2位に終わった。
だが、去年のジロ・デ・イタリアでは逆転する側になり、第20ステージの個人タイムトライアルを制して総合優勝を飾った。ブエルタ・ア・エスパーニャは、もう3回も勝っている。残されたビッグタイトルはツールだけだ。ツール総合優勝は、新たなタイトルスポンサーを迎え「レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ」となるチームの悲願でもある。
柔和な笑顔と、少しとぼけたような独特の語り口。元スキージャンプ選手という異色の経歴を持ち、表彰台では素敵なテレマークポーズを見せてくれる。誰もが愛さずにはいられないログリッチは、しかし内面に激しい闘志を宿した戦士でもある。
ただし、彼の闘争心が向かうのは自分自身。自分をどれだけ追い込めるか、全力を尽くすことができるかに集中する。レースに使われるコースや天候、ライバルたちの戦術やコンディションなど、自分の外にあるものをコントロールすることはできない。しかし自分がベストを尽くすかどうかは常に自分次第、とログリッチは考える。
ログリッチの競技哲学は日々のトレーニングへの向き合い方にも現れる。周囲が驚くほどに勤勉で、自分自身に妥協を許さない。厳しく鍛錬に励むログリッチの姿を見た選手たちは、「自分はよくやっていると思っていた。でも、まだまだやれることがある」と口にするそうだ。
誰もがプロフェッショナルとして自分の限界に挑戦している。目の前の壁に圧倒される時、乗り越える方法を教えてくれる人がそばにいれば、その先へ進むことができる。真に優れたリーダーは、自分だけでなくチームを強くするものだ。ログリッチとともに進化するチームは、この夏、新たな高みを目指す。
最後に紹介するエヴェネプールは、複数回ツールに出場している他の3人と異なり、今年ツール・ド・フランスデビューを飾る。
彼は2022年ブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝を果たしてはいるが、ステージレースの戦績はライバル勢に比べると控えめと言わざるを得ない。2021年、2023年と出場したジロ・デ・イタリアは途中棄権に終わり、昨年連覇を目指して出場したブエルタでは登りで大きく失速。調子が上がらない日、いわゆるバッドデイへの対処が課題として浮き彫りになった。
少なくとも現時点では、エヴェネプールの登坂力は他の3人に及ばない。
骨折手術後の回復途上で臨んだクリテリウム・ドゥ・ドーフィネも、登りで遅れた。だが、冷静にペース走行に徹したおかげで、総合7位に留まることができた。「神童」と呼ばれプロデビュー直後から勝ち星を重ねつつ、どこか脆いところがあったエヴェネプールもプロ6年目。多くの経験を積み、賢く成熟した選手に成長しつつある。
それに彼は4人の中で唯一の世界選手権覇者であり、ここ一番の勝負強さは折り紙付きだ。ロードレースは2022年に、個人タイムトライアルは2023年に勝っている。そう、彼は現役の個人タイムトライアル世界王者なのだ。その実力はドーフィネ第4ステージでも健在で、危なげなく区間勝利を掴んだ。
幸い、今年のツールには個人タイムトライアルが2ステージある。エヴェネプールのようなタイムトライアルスペシャリストは、そこで多くのタイムを稼ぐことができる。それを足掛かりにすれば、総合上位での完走も夢ではない。
エヴェネプールはまた、一流のステージハンターでもある。初めて走るツールで勝つことができれば、全グランツール(ジロ、ツール、ブエルタ)ステージ勝者の仲間入りを果たす。これまで何度も驚異的な独走勝利を挙げてきた彼のこと、既にいくつかのステージに狙いを定めているに違いない。
ビッグフォー最年少のエヴェネプール。彼がツールでどんな成長を遂げるかは、未知数だ。
コースと注目ステージ
2024年のツール・ド・フランスは6月29日(土)にイタリア・フィレンツェをスタートし、2日間の休息日を挟んで全21ステージを走り、7月21日(日)にフランス・ニースにフィニッシュする。総走行距離は3,497.3km、獲得標高差は52,230m。全21ステージの構成は以下の通り。
- ✔ 平坦ステージ: 8
- ✔ 丘陵ステージ: 4
- ✔ 山岳ステージ: 7(うち山頂フィニッシュ: 4)
- ✔ 個人タイムトライアル: 2
ピレネーやアルプスの山岳が主軸なのは例年と変わらずだが、昨年はわずか1ステージ22kmだった個人タイムトライアルが今年は2ステージ59kmに拡大。さらに未舗装路(グラベル)ステージが組み込まれた。完全にクライマー向けだった2023年のコースと比べると、様々な脚質の選手の見せ場が用意されている、バランスの取れたコースと言えるだろう。
最後に、注目ステージをいくつかピックアップして紹介しておこう。
6月29日(土) 第1ステージ:
フィレンツェ〜リミニ(丘陵) 距離206km、獲得標高3,600m
「ツール史上最難関」と言われた昨年を超えるハードな開幕ステージ。7つのカテゴリー山岳が手荒く選手たちを迎える。アップダウンが続くワンデークラシック風味のレイアウトで、初日マイヨジョーヌを狙ってエヴェネプールが独走を仕掛けてくるかもしれない。
6月30日(日) 第2ステージ:
チェゼナティコ〜ボローニャ(丘陵) 距離199.2km、獲得標高1,850m
秋のワンデークラシック、ジロ・デッレミリアでおなじみの激坂サンルーカ(登坂距離1.9km、平均勾配10.6%)を含む周回コースを走る。丘の上のサンルーカ聖母教会に至るポルティコ(柱廊)に沿った急坂は、ログリッチが得意とする登り。昨年のジロ・デッレミリアでは、ポガチャルを下して3勝目を飾った。サンルーカ頂上フィニッシュの2019年ジロ・デ・イタリア第1ステージ(個人タイムトライアル)でも勝っている。
7月2日(火) 第4ステージ:
ピネロロ〜ヴァロワール(山岳) 距離139.6km、3,600m
イタリアからフランスに入国する4日目が今大会最初の山岳ステージ。早くも超級山岳ガリビエ峠(登坂距離23km、平均勾配5.1%)が登場。
ツール・ド・フランスのボスであるクリスティアン・プリュドム氏をして、「ツールのプロトンは、これほど早く、これほど高く登ったことはない」と言わしめるタフな序盤が続く。つまり、観ている側は退屈しないということだ。選手がどう思っているかはわからない。
7月5日(金) 第7ステージ:
ニュイ・サン・ジョルジュ〜ジュヴレ・シャンベルタン(個人タイムトライアル) 距離25.3km 、獲得標高300m
今大会1回目の個人タイムトライアル。中盤に距離1.6km、平均勾配6.1%の登りがあるものの、タイムトライアルスペシャリスト向けのレイアウト。世界王者エヴェネプールの走りに注目しよう。
7月7日(日) 第9ステージ:
トロワ〜トロワ(丘陵) 距離199km、獲得標高2,000m
今大会の目玉となるグラベルステージが1回目の休息日の前に設定された。シャンパンの原料であるぶどう畑に囲まれた白い砂利道は、さながらストラーデビアンケ(と言いつつ、実はそこまで登りはきつくない)。全長32kmの未舗装路が14のセクターにわたり登場する。この日はバイクセッティング、特にタイヤに注目。メカニックの腕の見せ所だ。
この道は、2022年ツール・ド・フランス・ファム・アヴェク・ズイフト第4ステージでも使われた。2年前の勝者はスペシャライズドライダーのマーレン・ロイサー(スイス、SDワークス・プロタイム)。
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7月10日(水) 第11ステージ:
エヴォー・レ・バン〜ル・リオラン(山岳) 距離211km、獲得標高4,350m
今大会2回目の山岳ステージで、このツールで中央山塊を走る唯一の日。1級山岳ピュイ・マリー(登坂距離5.4km、平均勾配8.1%)は2020年ツール第13ステージで登場し、ログリッチとポガチャルが他のライバル勢を引き離した登りである。
7月13日(土) 第14ステージ:
ポー〜サン・ラリー・スーラン・プラ・ダデ(山岳、山頂フィニッシュ) 距離151.9km、獲得標高4,000m
ツールはいよいよピレネーへ。距離こそ短いが、後半に超級山岳トゥルマレ峠(登坂距離19km、平均勾配7.4%)、2級山岳アンシザン峠(登坂距離8.2km、平均勾配5.1%)、そして超級山岳プラ・ダデ峠(登坂距離10.6km、平均勾配7.9%)が待ち受ける。今大会最初の山頂フィニッシュでマイヨジョーヌ争いが本格化する。
7月14日(日)第15ステージ:
ルダンヴィエル〜プラトー・ド・ベイユ(山岳、山頂フィニッシュ) 距離197.7km、獲得標高4,800m
第2週を締めくくるのは、今大会で最も登坂距離が長い山岳マラソンステージ。約200kmの長い道に、4つの1級山岳と、前日に続く超級山頂フィニッシュが置かれている。
7月19日(金)第19ステージ:
アンブラン〜イゾラ2000(山岳、山頂フィニッシュ) 距離144.6km、獲得標高4,400m
約145kmで獲得標高4,400mを消化する強烈な日。登場する3つの山岳は全て標高2,000m超で、高地を苦手とする選手にとっては地獄のようなレイアウト。中盤に登場するボネット峠(登坂距離22.9%、平均勾配6.9%)は今大会最高地点であるだけでなく、フランスで最も標高が高く、ヨーロッパでも3番目の高さを誇る。
7月20日(土)第20ステージ:
ニース〜コル・ド・ラ・クイヨール(山岳、山頂フィニッシュ) 距離132.8km、獲得標高4,600m
最後の山岳ステージにしてクイーンステージ。前日よりさらに短い距離に、パリ~ニースで登場する難関山岳が4つ詰め込まれた。もしもマイヨジョーヌを巡る戦いに決着がついていないとしたら、歴史に残る大勝負を目撃する日になるかもしれない。
7月21日(日)第21ステージ:
モナコ〜ニース(個人タイムトライアル) 距離33.7km、獲得標高650m
運命の最終日。20日間の疲労を蓄積した脚には辛い、登り基調のテクニカルなコースでの個人タイムトライアルだ。距離も長く、思わぬタイム差が付く可能性がある。ちなみに、パリではなくニースでツールが閉幕するのは、パリ五輪開催のため。五輪出場が決まっている選手の中には、早めにツールを引き上げて準備に入る者もいるだろう。
※コース、出場選手等の情報は2024年6月25日時点のものです。
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【筆者紹介】
文章:池田 綾(アヤフィリップ)
ロードレース観戦と自転車旅を愛するサイクリングライター。名前の通りジュリアン・アラフィリップの大ファン。