こんにちは、スペシャライズド幕張オーナーの竹谷賢二です。
2025年9月14日、フランス・ニースで開催されたアイアンマン世界選手権。

結果は、AG55-59カテゴリーで世界5位入賞(タイム 10:17:54)を果たすことができました。
2023年の同大会から順位を上げることができたこの結果に、私自身、大きな達成感を感じています。しかし、今回のレースは単なる「実力発揮」の場ではありませんでした。フィニッシュラインに辿り着くまでのプロセスは、まさに薄氷を踏むようなマネジメントの連続だったのです。
今日は、レースレポートと共に、アクシデントに直面した時、トライアスリートはどうあるべきか?という視点でお話ししたいと思います。

無事にフィニッシュできた今だから言えることですが、実は木曜日のコース試走で落車し、身体とバイクに少なからぬダメージを負っていました。
下りのライン取りを確認するための試走中、何気ないコーナーで前輪が石に乗り上げ、右側に転倒。
首はムチウチのように痛み、右大腿部の打撲、腕脚の擦過傷、さらに左股関節の内転筋がロックしてしまうという満身創痍の状態でした。
バイクも無傷ではありません。
・ガーミンラリー(パワーメーター)の右電池蓋が脱落。
・グリップ破損。
・ベースバーの擦過傷。
「終わったかもしれない」
一瞬そんな思いがよぎりましたが、ここで私のMTBレース時代の経験が生きました。かつては直前の転倒など日常茶飯事。「今、自分にできる最善は何か?」へと即座に思考を切り替えたのです。

処方薬局へ走り、傷の処置を行い、徹底的な安静。
バイクは、右側の計測を諦め左のみのシングルモードへ設定変更。グリップは電気用テープで補修し、バーの傷はヤスリで整える。
ベストな状態ではない。けれど、現状における「最適化」はできる。
不安を抱えつつも、やるべき準備を淡々とこなし、私はスタートラインに立ちました。
1:08:19(DIV RANK 27)
海に入ると、予想通り首の痛みでヘッドアップが困難でした。視界確保がままならない中、波風も強まり、コース取りは困難を極めます。

しかし、ここで焦らず「ピッチを速めて対処する」という作戦に切り替えました。
前方スタートのウェーブの遅いアスリートには早々に追いついてしまい、その後はフィニッシュまで混戦状態。右往左往する乱れたラインを縫うように追い越し続ける展開には辟易しましたが、自分のリズムを崩さずに泳ぎ切ることに集中しました。

後半にかけて風が出て多少荒れた感がありましたが、泳ぎ切ってみれば前回と遜色ないタイムで、悪くない出だしとなりました。
5:28:22(DIV RANK 5)
バイクパートは、今回のレースのハイライトと言えるかもしれません。

身体の痛みとエアロフォームの収まりの悪さ、左右のペダリングバランスの崩れを感じながらのライド。特にダウンヒルは、落車の記憶もあり、リスクを徹底的に排除して慎重に下りました。
ここで、Garminが記録した2023年(使用バイク:Tarmac SL8)と今回の2025年(使用バイク:SHIV TT)の比較データをご覧ください。これがSHIV TTの優位性を雄弁に物語っています。
【Garminデータ比較 2025 vs 2023】
| 項目 | 2025 (SHIV TT) | 2023 (Tarmac SL8) | 差 |
| 平均パワー | 183 W | 205 W | -22 W |
| NP® (標準化パワー) | 204 W | 224 W | -20 W |
| 平均速度 | 32.7 km/h | 33.2 km/h | -0.5 km/h |
| 運動量 (kJ) | 3,577 kJ | 3,958 kJ | -381 kJ |
| 平均心拍数 | 136 bpm | 143 bpm | -7 bpm |
ご覧の通り、平均パワーは20W以上低い(205W→183W)数値でした。上りでも30W出力を落としています。運動量にして381kJも少ないエネルギーで走っているにも関わらず、平均速度はわずか0.5km/hの低下に留まりました。

獲得標高2,500m、そのうち20kmで1,000mを一気に登る区間もあるトライアスロン屈指の難コース。登れば当然下りが待っており、狭い山間のコーナーが続き、絶景なれどガードレールのないスリリングなダウンヒルもあるため、極めて高いバイク能力が必要となります。
この難コースでSHIV TTのロードバイクのように登れる軽量さ、非常に滑らかなハンドリング、そして世界最高レベルの優れた空力性能が活きました。身体の不調に関わらず、あらゆる局面で前走者を追い越していくことが出来たのです。
もっとも、同じAG世界チャンピオンのレニー・クリステンセンには追いつかれ、追い越されてしまいましたが、その後少しの間、彼のラインをトレースして追従しました。
何せ彼は1996年アトランタ五輪で初開催のMTBで5位、その後は当時世界トップレベルのチームCSCでプロロードレースにも参戦した選手。ツール・ド・フランスやパリ~ニースでこのルートも庭のように走っているので、その速さは尋常ではありませんでした!

しかしライン取りは極めてクレバーかつスピードコントロールも丁寧で、なんとかついていけます。ただ、スピードが速すぎて風の巻き込みで涙目になるほどでした。
程なく段差衝撃でレニーのボトルが脱落してきて、避けようとクランクを逆回転させた拍子にチェーン落ち。あえなくここで千切れましたが、内心ホッと安心しました(苦笑)。

その後も身体の痛みがあり、痛み止めも飲みつつ無理のないペダリングを維持。補給もしっかり取ってランに繋げる、これまでの経験に基づいたペース配分を徹底しました。
「踏めないなら、空気抵抗を減らせばいい」。機材の力が、身体の不調をカバーしてくれたバイクパートでした。
3:32:51(DIV RANK 5)
ランスタート時には、打撲箇所の硬化とアンバランスな感覚がありましたが、とにかく「リズム」だけに集中しました。

往路の追い風、復路の向かい風と、キロペースが20秒ほど変わる厳しいコンディションでしたが、終わってみれば2023年とほぼ同タイム(ペース5:02/km)。

苦しい状況で無理にペースを上げるよりも、ペースが落ちないよう最善の集中を保つこと。痛みで身体の動かし方が悪化しないようにコントロールし続けた結果、崩れることなくフィニッシュまで運び切ることができました。
前回の2023年世界選手権よりも今回は、ヨーロッパ勢を中心に自分より速い参加者が150人も増えているハイレベルな状況でした。その中で、以下の結果を残せたことは大きな自信になります。

・Overall: 10:17:54
・DIV RANK: 5位(2023年は7位)
・OVERALL RANK: 328位 (2023年は171位)
Garmin Forerunner 970の自動トランジション計測も非常に正確で、レースマネジメントの強力なパートナーとなってくれました。テクノロジーの進化も、私の挑戦を支えてくれています。
【Garminレースデータ】
IRONMAN WORLD CHAMPIONSHIP NICE 2025
https://connect.garmin.com/modern/activity/20385839511
「万全の状態でレースに挑めることなど、稀である」

今回のニースは、まさにそれを痛感するレースでした。しかし、トラブルが起きた時こそ、トライアスリートとしての真価が問われます。
嘆くのではなく、その時点での手持ちのカードでどう戦うか。機材をどう調整し、身体をどう使いこなすか。その工夫と精神力こそが、このスポーツの醍醐味であり、面白さだと私は思います。
56歳を超えても、世界を舞台に戦える。
アクシデントがあっても、知恵と経験でカバーできる。
私の経験が、皆さんの次のチャレンジのヒントになれば幸いです。
一緒に、まだ見ぬ限界へ挑みましょう。
竹谷賢二
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